FC2ブログ
ニギニギ・イラスト&カラーセラピー・タオライアー 
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
何も起きてない。
acim 6月びぼ。






6月はたくさん差し出される日々であったなぁ。

とかいいつつ気づけばもう7月で

さいきんは、
ずっとドビー化現象の赦し祭り開催中だった。


ドビーといえば、今までは、
家に引きこもりがち(主に冬な。)なだけに

特に外で何も起きていないのに、
ひたすら自己憎悪にみまわれる、というパターンで

それはそれで、

『本当に、平安か否かの原因は外ではなく、
 自分の中に「元々、常に」あるものが原因なんだな』


ということがよく解るレッスンだった。


そこにある恐怖や罪悪感は、
個人の知覚としては想像を絶するものなだけに、

『これは全人類共通の「一者の自我」の、
 ウジャリ豆存続システム』

なのだなあ、と解ってくる。

(これは兄さん(聖霊)と共に見るからこそ可能なことで、
フタの開き具合は、自分の聖霊への信頼の度合いと、導きによる。
その時、見ることが出来るぶんだけ
受け容れられるギリギリのとこまで開いてくれるのだ。
ありがたいことです。。
。。。ギリギリのとこまで!ってとこが、ドSだけど。。←自我の声








でもやはり、春と共にというか

活動に動きが出てくるにつれ

ちゃんと(?)外側に投影し、

そしてドビーになる、というレッスンがたくさん。

ありがたいことだ。。。。(ヨロリ








ドビーになるということは

壁にガンガン頭を打ち付けて

「ドビーめが!!」

「ドビーは悪い子!!」


って泣き叫ぶ、ってことだけど





ちなみにもしそれが、


「あいつめー!!」

「あいつが悪い!!」


って泣き叫んでいても、まったく同じこと。








さいきんずっと

壁に頭を打ち付けていて

額にすーっと流血しながら暮らしていたけれど





(起きてくるシナリオを、

自我に誘導されるがまま、

根底の罪悪感を強化する為に使っている。)






ということは、頭では解っているのだけど、、、



兄さんに渡しても渡しても

ぜんぜん上滑りするだけで




助けて兄さん、と言って静かにすると

兄さんは「よく見なさい」というだけ。



ひたすらハートを見るわけです。

ハートの中にあるものを、

兄さんと一緒に、包み隠さず見る。



そうするともう、アカラサマに、

「いやだこれは絶対に渡さないぞ!!」


って頑張ってる自分が確かにいる、と解ってしまう。

それも手放す。



今回は、いくらやってもキリがなく





最終的には、

奥の奥からすごいの出てきました。

なんかこう、、、、

エイリアンみたいな〜悪魔みたいな〜、

コア(根底罪悪感)をガシッと掴んで離さない

とんでもないものが。ハートにいて。

だから最初に感じていたアレコレ、頭で悩んでたグルグル、


アレが〜〜コレが〜〜 なんて

ほんの目くらましでしか無いんだろうね。

このあたりはセルフヒプノ状態というか、

なんというかそういうビジョンとして視ているものだけれど

一者の自我のやる気をみた、と思った。。。(ブルブル

まぁ、もっと違う段階となれば、

出てくるのもこんなもんじゃないビジュアルしていそうだけど

(><)



「それ」に対して、

何をしてもダメだったので


それで、ああそうか、と。


私ごと渡して、取り消ししてもらえばいいわけです。

思考が、感情が、知覚が、という部分だけではなく

この肉体である『私』こそが、

分離の思考(幻想)そのものなんだから。




『私』まるごと、明け渡す。捧げる。

トリケシしてもらう。

そういうやり方に、自然に変わっていきました。





しっかり赦したあとは、

パタパタパタ。。!と

黒が勝ちそうだったオセロ盤が、

一気に白に変わってくように

不思議と一瞬で

すべてが光に包まれて

すべてに感謝が沸いてくる。

すべての兄弟姉妹が聖霊で、

完璧に導かれていることがありがたく、


その瞬間が奇跡そのもの。



















きのう、なんとなくテキストをパラパラしていて、






しみじみ、思ったのだけど




「起きていない」

「肉体じゃない」






この言葉、本当にコレに尽きるのだなあ。





この言葉は、

あまりにも自我には受け容れられないだけに

脳が言葉を中に入れようとしない、っていうか。。






だから、時には、


口にして(音にして)いても

真理の光を全く消す事が可能な言葉。





目を閉じて、胸に手を当てて、

静かに、ゆっくり、ていねいに、

自分のハートに教えてあげるように

祈るように、真剣に言うことが 本当に大切。








「起きてない」

「私は肉体ではない」





この言葉に正面からしっかり向き合うことだ。


何度でもビビるし感動するけれど、

J兄さんはガッチガチのガチで

私たちにコレを言ってくれてるのだ。

そして そこにこそ救いがある。

ここをスルーしていたら、

ウジャリ豆の中で永遠にグルグルすることになる。

赦しをしているつもりなのに、

逆にウジャリ豆の強化してることになる。







(もし兄さんが、いっしょになって

『こりゃ大問題だねえ』『大変な事になったねえ』とか

言い出したら、もーほんとに救いが無い!)






「起きてない」



真っ正面からその言葉と向き合って、

「起きてないなら、罪はあり得ない」ということを思い出す。

シナリオは既に完結して終わっているし、

そもそもシナリオ自体が幻で、起きていない。

だからいつも「問題は既に解決済み」だ。と兄さんは言う。




「起きてない」


真っ正面からその言葉と向き合ってみたとき、

そこで初めて、

視点がグルリと反転する。


外側の何か、に向けられていた感情の矢印が、

ぐるっと自分のハートを指し示す瞬間。




「起きてない、肉体じゃない」という言葉に、

「どこか逃げのようなものを感じてしまう」なら、

それはJの教える「赦し」とは全く違う事をしている。

逃げるどころか〜〜 眠りこんで現実と格闘バトルする方が、

よほど楽だし、逃げだ、、とよく思うし(涙


逃げずに、内側にあるもの全てをしっかりと見る。

必ずしも全てを見れないとしても
「少しの意欲」でいい、って兄さんは言ってくれる。

恐怖や怒りから手をはなして、兄さんへ手を伸ばす意欲。











「起きてない」なんて到底思えない。

バリバリ起きてる、起きまくってるようにみえる。

辛い。苦しい。泣けてくる。




それでいい。

「起きてない、って思わなくちゃ!」と頑張る必要がない。

それでは単なる抑圧で、それこそ 逃げ になってしまう。

頑張るな、一歩下がって何もするな、と言われているのに

「頑張ってそう思うことにしよう!」では意味が無い。




元々、

「私には何もわからない」「私は何も知らない」のだ!





起きてないんですよね、

ってことは、罪なんてあり得ないんですよね、

平安でしかないってことだよね、

でも 私には それが全然わかりません、

わかんないってことは、

なんか間違っちゃってますよね、

それすらわからないんです。

どうか、

本当のことを、わたしに教えて下さい。

わたしは、そっちを選びたいのです。







あとは全部、兄さんに渡す。

神聖なる祭壇に捧げてしまう。


静かにして、

ただただ ハートを見ている。

そこにあるのは、

たとえ「苦しさ」を感じているのだとしても、

本当には、感じているそれは、

それは「神の愛」なのだ。



神からの、


愛しているよ、の声 なのだ。













ぐぐっと基本に戻って再確認の日々、

7月はまだまだコレから。

明日は今日よりも1秒でも多く、

兄さんの手を離さずにいられますように。。。☆



関連記事
スポンサーサイト
夢を叶えるための名言集



presented by 地球の名言

カレンダー

09 | 2018/10 | 11
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -

プロフィール

tfc516

Author:tfc516
リアンノン~rhiannon~(旧まるたか商店)の制作日記。制作してないグデグデ日記も。どうぞよろしく。

カテゴリ
最新記事
リンク
検索フォーム

RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム
QRコード

QRコード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。